企業法務コラム

2026.08.18

「自分が作ったから」と退職時にツールやデータを消した元社員。企業が取れる法的手段とは?対策法は?

「自分が作ったから」と退職時にツールやデータを消した元社員。企業が取れる法的手段とは?対策法は?

「自分が作ったものだから」
そう言い残して、退職した元社員が業務用マクロやデータを削除していった。

このようなケースはよく聞く話ですが、特に、Excelマクロや業務自動化スクリプト、社内専用のデータベースといった「個人が作り上げたツール」は、作成者本人が強い所有意識を持ちやすく、退職時のトラブルに発展しやすい領域です。

企業側の担当者から相談を受けると、「著作権の問題として対処すればいいのか」と考えているケースが多くあります。しかし実際には、著作権法の問題としてではなく、刑事・民事の双方でより深刻な法的責任を問える可能性があります。

本記事では、退職者によるデータ・ツール削除問題を企業側の視点から整理し、取り得る法的手段と弁護士・顧問弁護士の活用方法を解説します。

1. そもそも著作権は誰に帰属するのか

1. そもそも著作権は誰に帰属するのか

まず前提として、在職中に作成した業務ツールやデータの著作権が誰に帰属するかを確認しておく必要があります。

職務著作(著作権法第15条)とは

著作権法第15条は「職務著作」を規定しており、以下の要件をすべて満たす場合、著作権は法人(会社)に帰属します。

  1. 法人その他使用者(会社)の発意に基づくこと
  2. 法人の業務に従事する者(従業員)が作成したこと
  3. 職務上作成されたこと
  4. 法人名義で公表されること(プログラムの著作物の場合は不要)

業務効率化のために作成したExcelマクロやPythonスクリプト、社内システムのプログラムといったツールは、いずれも「業務として」「会社の指示・環境のもとで」作られたものです。職務著作の要件を満たすケースがほとんどであり、法律上は最初から会社の著作物です。

「自分が作った」という感覚は理解できますが、著作権法上は「会社のために作った=会社の著作物」という整理になります。

職務著作が成立しない「落とし穴」ケース

注意が必要なのは、職務著作の要件である「業務に従事する者」が従業員(雇用関係にある者)を指している点です。役員・理事・顧問といった立場は、会社・法人との関係が雇用契約ではなく委任契約であるため、職務著作が成立しないケースがあります。

同様に、外部のフリーランスや制作会社に発注した場合も、著作権の譲渡契約を締結していなければ、制作者側に著作権が残ります。「お金を払ったから権利はこちらにある」という認識は法律上誤りであり、実際のトラブルの温床になっています。

これらのケースでは、相手方の「著作権は自分にある」という主張が法的に成立してしまう可能性があります。結果として、企業・法人側がサイトやシステムを使い続けることすら困難になるケースも存在します。

こうした事態を防ぐには、制作を依頼する段階での契約が重要です。 著作権の帰属・譲渡・利用許諾の条件を明確にした契約書を締結しておくことで、退職・退任後のトラブルを未然に防ぐことができます。顧問弁護士がいれば、発注時の契約書チェックや雛形整備をあらかじめ依頼しておくことが有効です。

2. 削除行為は著作権侵害か?
答えは違います。もっと重大な問題があります

2. 削除行為は著作権侵害か?答えは違います。もっと重大な問題があります

ここが多くの企業担当者が誤解するポイントです。

会社が著作権を持っているとすれば、退職者が削除した行為は「著作権侵害」になるのでしょうか。答えは違います。著作権侵害とは、無断で複製・公衆送信・改変等をする行為を指します。削除・消去は著作権が定める侵害行為の類型に含まれません。

しかし、著作権侵害にならないからといって「合法」というわけではありません。削除行為には、著作権法よりも重大な法的問題が成立し得ます。

1.電磁的記録毀棄罪(刑法第234条の2)

会社のサーバーやPCに保存されたデータは「電磁的記録」にあたります。これを故意に削除・破壊する行為は、刑法第234条の2が定める電磁的記録毀棄罪に該当する可能性があります。

法定刑は3年以下の懲役であり、れっきとした刑事犯罪です。「自分が作ったものを消しただけ」という主観は関係なく、会社の管理する電磁的記録を権限なく毀棄したという客観的事実が問われます。

2.不正競争防止法違反

削除されたデータが営業秘密(顧客リスト・取引データ・ノウハウ等)に該当する場合、不正競争防止法上の問題が生じます。特に、退職にあたって競合他社への転職や独立を控えており、データを消去することで証拠隠滅を図ったと疑われる状況では、同法の適用が問題になり得ます。

3.民法上の不法行為・債務不履行(損害賠償請求)

刑事責任とは別に、民事上の損害賠償請求も可能です。削除によって業務が停止した期間の損失、データ復旧にかかったコスト、代替ツールの開発費用など、具体的な損害が発生していれば民法第709条(不法行為) または雇用契約上の債務不履行を根拠に請求できます。

4.就業規則・秘密保持誓約書違反

多くの企業では就業規則や退職時の誓約書に「会社データの持ち出し・破壊の禁止」が定められています。これらに違反している場合、損害賠償請求の追加的な根拠となります。また、誓約書への署名がある場合は、違反の立証がより容易になります。

3. 実際に紛争になるケース・ならないケース

3. 実際に紛争になるケース・ならないケース

削除行為があったとしても、すべてが法的紛争に発展するわけではありません。被害の深刻度と証拠の有無が、対応の方針を左右します。

紛争になりやすいケース

  • 削除されたツールやデータが基幹業務に直結しており、業務停止・売上損失が生じた
  • 顧客データや取引履歴が失われ、取引先への対応に支障が出た
  • バックアップが存在せず、データの復旧が不可能または高コスト
  • 退職者が競合他社へ移籍しており、情報漏洩との複合トラブルになっている

紛争になりにくいケース

  • 削除されたのがローカル環境のみで、サーバー上にデータが残っている
  • 定期バックアップが機能しており、実質的な損害が軽微
  • 削除されたツールが個人的な作業メモ程度で、業務への影響が限定的

証拠保全が勝負を分けます

紛争対応において最も重要なのは証拠の保全です。「いつ・誰が・何を削除したか」を示すアクセスログや操作履歴が残っていなければ、法的手段を講じても立証が困難になります。削除の事実に気づいた時点で、直ちにログの確保と専門家への相談を行うことが不可欠です。

4. 企業が取れる対応手段は?弁護士・顧問弁護士の活用

【事前予防】退職トラブルを防ぐ体制づくり

退職時のデータ削除トラブルは、事前の対策によって大きくリスクを低減できます。

就業規則・誓約書の整備:退職時における会社データの取り扱い義務(削除・持ち出し禁止)を明文化しておくことで、万一の際の法的根拠が明確になります。退職時に秘密保持誓約書へ署名を求めることも有効です。

アクセス権限の管理

重要データへのアクセスを職務上必要な範囲に限定し、退職が決まった段階で速やかに権限を縮小・停止する運用が重要です。

バックアップ体制の確立

削除されても復旧できる環境を整えておくことが、最大の防御策です。定期的な自動バックアップと保管ルールの整備を行いましょう。

顧問弁護士がいる場合は、就業規則・誓約書の法的有効性のチェックや、権限管理の運用設計についてアドバイスを受けることができます。

【発覚後の初動】早期相談が明暗を分ける

削除の事実を把握した時点で、迅速な初動対応が求められます。

まず行うべきはログ・証拠の保全です。サーバーのアクセスログ、操作履歴、削除前後のバックアップデータなどを確保してください。この段階でデータを誤って上書きしたり、関係者が独自に動いたりすることで、証拠が失われるケースがあります。

弁護士へ早期に相談することで、証拠保全の方法・範囲についての適切なアドバイスが得られます。また、元社員に対して内容証明郵便による警告を送付し、法的措置を検討している旨を通知することで、相手方の対応を引き出すことも可能です。

顧問弁護士がいる場合は、退職面談への同席や退職合意書への条項追加(データ削除禁止・違反時の損害賠償条項)といった予防的関与も可能です。退職が決まった段階から弁護士が動けることが、顧問契約の大きな強みです。

【法的手段】取り得るアクション

証拠が確保できた段階で、以下の法的手段を検討します。

損害賠償請求(民事)

業務停止による損失、復旧費用、代替開発コストなどの実損害を請求します。就業規則・誓約書違反が明らかな場合は、請求の根拠がより強固になります。

刑事告訴

電磁的記録毀棄罪や不正競争防止法違反として警察・検察への告訴が可能です。刑事手続きが進むことで、民事上の示談交渉を有利に進められるケースもあります。

仮処分・差止め

削除されたデータが元社員のPCや外部媒体に残存している可能性がある場合、証拠保全のための仮処分申立てを行うことも選択肢の一つです。

退職者による業務ツール・データの削除は、「著作権の問題」ではありません。著作権法上、在職中に作成した業務ツールはほぼすべて会社に帰属しており、削除行為は著作権侵害にはなりません。しかし、電磁的記録毀棄罪(刑法)、不正競争防止法違反、民法上の不法行為として、刑事・民事の双方から法的責任を追及できる可能性があります。

被害を受けた企業にとって最も重要なのは、発覚後の初動の速さと証拠の保全です。「どうすれば良いかわからない」という状態のまま時間が経過すると、証拠が失われ、法的手段の選択肢が狭まっていきます。

このようなトラブルに直面した場合、または退職者対応の体制を事前に整えておきたい場合は、早めに弁護士へご相談ください。髙瀬総合法律事務所では、企業法務を専門とする弁護士が、退職トラブルの予防から紛争対応まで幅広くサポートいたします。

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